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セルフサーブ/Product-Led Growth型SaaSに営業は必要なのか?

SaaSの営業戦略を語る上で必ず問題になる「エンタープライズ(大企業)、SMB(中小企業)のどちらを軸に山を登るか」。

そもそもB2Bスタートアップが拡大するのに時間がかかるのは、以下の4つの制約によるところが大きい:

● 市場でのプロダクトの認知
● 営業キャパシティ
● CSキャパシティ
● 上記3点を解決する資金

これらの制約を乗り越えて指数関数的な成長を実現するには、セルフサーブ型(Product-led Growth)OR  Day 1からエンタープライズ開拓、のどちらかの戦略をとることになると、Lightspeedのパートナーは言う。

今回はPLG型SaaSにとっての営業の必要性、セルフサーブのプロダクトにとって営業組織をどう位置付けるべきかについて、Atlassianの事例やYammerの創業者David Sacksの記事等をベースに考えたい。


エンタープライズのコンシューマー化

CXOレベルが決裁権を持つことが多かった2010年以前の時代と比べて、2010年以降は新しいプロダクトを試すエンドユーザー自身が決裁権を持つことが増えた。これによって、B2Bソフトウェアの開発や営業は、よりB2Cソフトウェアのような考え方でアプローチをする場合が多くなった。

その流れに乗って、Slack、Zoom、DocuSignなどの近年IPOした企業は従来のSaaS企業と大きく異なるGTM戦略をとっている。企業内のエンドユーザーを対象にして、組織内・外にバイラルで広がっていくセルフサーブ/ボトムアップ型のアプローチだ。

Product-led Growthについては以下の記事を参照↓


Product-led Growthにそもそもエンタープライズ営業は必要?

エンタープライズ企業もセルフサーブで開拓しようとする起業家は、営業組織を作る必要性に疑問を持つことが多い。Davidはこれは間違いだと言う:

Yammerをローンチできた後、我々の中で、もしこのプロダクトがうまくいけば、エンタープライズ企業はすぐにクレジットカードで決済するようになり、営業部門を作らないまま成長できるのではないかという甘い考えがあった。組織を作っていく中で学んだのは、やはり営業は必要で、強くなければならないということだ。

どんなに成功したPLG企業でも、どこかでエンタープライズからの売上が更なる成長のためには必要になる。PLG型SaaSがエンタープライズ営業を開拓するのは完全なピボットのように思えるが、そこまで珍しいわけではない。

2002年に創業してから2016年に$5Bのバリュエーションになるまで、Atlassianは営業チームがいないことで有名だった。圧倒的に優れたプロダクトを作り、低価格で提供し、口コミを活用したセルフサーブ型で、オンラインで勝手に売れる、教科書通りのProduct-led Growthを実践することでAtlassianは持続的に成長し続けたのだ。

しかし、現在の組織体制はこの神話と異なっている。今のAtlassianには実は営業チームがある。150人の営業担当と、さらに120人の事業開発担当がいることがLinkedInのデータを見ると分かる。営業チームは会社全体の約7%を占めるようになっており、マーケティングやPMといった職種と同程度だ。

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OpenViewブログより)

CEOのJay Simonsが語っている2019年のPodcastのインタビューを聞いても、「ロータッチ≒ノータッチ(全く顧客にタッチしない)」という点を強調しており、Atlassianは特にエンタープライズに対する営業の方針を変えていることが分かる。Jayはこう語っている:

巨大なエンタープライズの場合、課題も複雑だが、僕たちにとっての価値も高い。そのために僕らはより複雑な質問に答えたり、正しい方向に誘導するための専門部隊「enterprise advocates」を持っている。


上場PLG企業による営業チームの拡大

営業チームによって成長を加速しようとしているのはAtlassianだけではない。2017年以降上場したPLG企業(Zoom、Slack、DocuSign、SurveyMonkeyなど)は、営業の人員を前年比45%+のペースで拡大している。これは非営業人員の33%を上回る増加率だ。

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データに含まれる15社のうち、10社で営業の採用スピードは非営業のそれを上回った。例えば、エンタープライズ主体の契約を増やしているSlackは、営業人員が66%増えたのに対して、非営業人員は33%しか増えていない。

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FY2020 Q2の決算でSlack CEO Steward Butterfieldは、常にエンドユーザーから始まり、ボトムアップから億単位のエンタープライズ案件を勝ち取るのが現在の会社のGo-to-Market戦略だと明確に語った。

トップのPLG企業はセルフサーブの取り組みをエンタープライズ営業で置き換えるのではなく、両方を補完させ合うために組織体制を変えていっている。


PLG型SaaSにおけるセールスの考え方(戦略編)

上記のAtlassian、SlackなどのPLG企業について特筆すべきは、エンタープライズ用の営業チームをスケールする前にセルフサーブ型の成長を軌道に乗せていたという点だ。営業組織を作る前段階で考えるべきリード獲得モデルなどの基本/大枠となる戦略について触れたい。

①リード獲得のモデルを選ぶ

一般的にセルフサーブ型のSaaSの場合、リードファネルを作るために、フリーミアム OR フリートライアルのどちらかを選ぶのが一般的。

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フリーミアムを採用するか否かは、市場として口コミ/バイラルでの広がりが期待できるかどうかがポイントになる。また、有料版へのCVRが低く、どれだけ有料版が無料版と比較して魅力的なプロダクトにできるかが重要なので開発コストは高くなる。

それに対してフリートライアルは、期間を限定することで意思決定をユーザーに迫ることができるのが大きなメリット。また、有料版と無料版の差異はあまりなく、CVRも比較的高い。

Yammerではフリーミアムが採用されたが、DavidがSaaS起業家にフリートライアルを勧めるのは、やはりフリーミアムのマネタイズの難易度と求められる有料版の質が高いからだろう。

②ボトムアップ戦略を決める

フリーミアムやフリートライアルで積み上げたリードは何もアクションをしないと成約までいかないことが多い。営業はそこで役に立つ。ボトムアップの営業戦略は主に2種類ある。

"Upmarket":スタートアップやSMBから開拓し、徐々により大きい規模の顧客を取りに行く
"Land & Expand":CXOレベルはスキップして、エンタープライズ内の個人ユーザーを最初から戦略的に狙い、チーム、組織へと拡大する

ちなみにYammerの場合は両方を選んだ。フリーミアムからのリードにSMBもエンタープライズも含まれていて、両方で社内のバイラル効果が見られたためだ。

PLG型SaaSにおけるセールスの考え方(実践編)

ここまでの大枠を決めた上で、実際に営業を活用して契約を取ってくるための具体的な施策について考える。

③最初の電話営業はファウンダー自身で

リード獲得の方法や山の登り方を決めたら、1人目の営業マンを雇う前に、まずはファウンダー自身による最初の電話営業だ。

顧客がプロダクトに対してどのような懸念を抱いているかを創業者自身が知るのはやはり重要。初期の反応を自分で体験した上で、スケールのためになるべく早く1人目の営業を雇う。

④営業によるオーガニック成長の加速

PLG型SaaSでも営業が必要だというエビデンスは既にある。例えば、Redpointの調査によるとセールスは無料から有料へのコンバージョンを4倍弱に増やすというデータが出ている。実際にそういった効果を事業の新規・既存顧客で検証することはおすすめ。

新規向けにはA/Bテストで、営業の介入によって無料→有料のコンバージョンや案件クローズの速度が上がるか、案件規模が大きくなるかなどを見ると良い。

既存向けは効果を測るのが新規向けよりも難しい。例えばアップセルが営業によるものか、自然に発生するのを早めたのか、といった問いは出てくる。しかし営業への投資によって、獲得時期別の顧客コホートごとのLTVが中長期でどう変化しているかを見る必要はあるだろう。

⑤営業主導の能動的な施策

既存の無料/有料ユーザーを狙った営業によるキャンペーンはいくつか考えられる。

カスタマーサクセス的な営業:大口顧客は、セキュリティ関連の質問事項や購買プロセスをかじ取りしてくれる人の存在がないこと自体がペインの一要素になりえる。この場合、営業が様々なリクエストに応えるカスタマーサクセス的な存在になれると良い。

ヘビーユーザーをサポート:ロイヤリティが高い顧客はプロダクトのより良い使い方を学ぼうとしてくれる。最も職位が高いユーザーではなく、プロダクトを一番深く利用してくれるユーザーにユースケースを広げるための協力をしてもらおう。

トップダウンでの導入:セルフサーブ型でも、どこかのポイントで大口アカウントのCXOや事業部長に対して営業するのは選択肢の一つ。ピッチは当然エグゼクティブの課題に刺さるものである必要があり、その会社内の既存ユーザーの実例を交えられると理想。

⑥真の購買者の見極め

エンタープライズ営業は様々なステークホルダーがいるから複雑になる。最初にステップは誰が本当に購買者かを知ることだ。そのために、①エンドユーザー、②事業オーナー、③ITシステム担当、④予算担当者がそれぞれ誰かを考える必要がある。

SMBやスタートアップの場合、全てファウンダーになる。エンタープライズの場合、①~④は全て異なることもある。そして4人全員にプロダクトの価値と事業にとってのメリットを説明する必要があるから、成約までたどり着くのはとても困難だ。

できることとしては、①~④の全て(または少なくとも複数)の特性を持ち得る、組織図の中で一番下の人を探し出して売ることができれば、それが一番早い(もちろん簡単ではないが…)。

⑦営業のインセンティブ設計は慎重に

セルフサーブと営業のそれぞれのファネルの境目は白黒で判断しづらい。どこかの時点でインセンティブの設計は悩むことになるだろう。

例えば、営業がやり取りしていた顧客が結局セルフサーブで成約した場合、営業は報酬をもらうべきなのか?それで営業はなるべく多くの潜在顧客にメールをするといった、モラルハザードは起きないか?

また、営業が獲得した顧客がアップセルした場合の報酬設計はどうするか?特にLand & Expandモデルでこの事象は起きる可能性が高い。これに見返りを与えないと、営業は入口の契約額を大きくしようとして、成約スピードが遅くならないか?

もしセルフサーブ主体でやってきた事業の中でこれから営業を拡大しようとしているなら、balena.ioのように歩合制の報酬設計は短期的に避け、ベースの給与で支払った方がよいかもしれない。アーリーステージでは色々な施策を試すスピード感も重要なので、シンプルさは肝になる。


まとめ

正しく実行された時、営業チームは事業のオーガニックの成長を加速させ、既存の顧客のアップセルを促進し、無料から有料へのコンバージョンを高め、ディールサイズを大きくし、よりサポートが必要な見込み客により良い顧客体験を提供できる。

当然、エンタープライズ向けとSMB向けで必要な営業体制は異なり、プロダクトの要件も違ってくるので、セルフサーブで成長してきたSaaS企業がエンタープライズを開拓するのは簡単な話ではない。ただ、一流のPLG型SaaS企業はセルフサーブと営業をうまくブレンドさせて成長の角度をさらに上げている。そういった企業のベストプラクティスが少しでもサービスの営業戦略を考える際に参考になれば嬉しい。

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参考文献


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