TalentX、リファラルSaaSから採用DXインフラへ──IPOと“採用版Salesforce”への挑戦|TalentX 鈴木氏 × STRIVE 堤

投資先by STRIVE

2025年3月18日、東証グロース市場に上場したTalentXは、採用DXプラットフォーム「Myシリーズ」を展開する成長企業です。今回は、上場までの道のりや今後のビジョンについて、TalentX代表取締役社長鈴木氏に話を聞きました。

2018年5月の設立から約7年、東証グロース上場までの道のり

—まずは、TalentXの事業内容について教えてください。

鈴木氏(以下、鈴木):TalentXの「Myシリーズ」は、企業の採用活動を外部に依存せず、内製化する採用DXプラットフォームです。

創業事業である「MyRefer」は、従業員をエージェントとして、そのつながりを活かして採用を行うリファラル採用サービスです。そこから発展し、自社のスカウトデータベースを構築する「MyTalent」、採用ブランディングに特化した「MyBrand」といったサービスを展開しています。

「MyRefer」は2015年にリリースし、その後、2022年に「MyTalent」、2024年に「MyBrand」とサービスを拡充してきました。

 

—創業までの経緯について教えてください。

鈴木:もともと起業家を志しており、事業を立ち上げることを前提にインテリジェンス(現・パーソルキャリア)に入社しました。当時、多くの起業家を輩出していた環境で、私も宇野さんや藤田さんのような起業家を目指したいと考えていました。

インテリジェンスで企業の中途採用の支援を行うなかで、企業と求職者の本質的なマッチングが十分に行われていないという課題を感じていました。また、私は1988年生まれで、SNSを活用する世代だったこともあり、テクノロジーと人とのつながりを活かした新しいマッチングのプラットフォームをつくれないかと考えたのが創業のきっかけです。

 

—当時、思い描いていたTalentXの将来像について教えてください。

鈴木:2017年ごろ、プロダクトの形が整い、導入企業も順調に増えていくなかで、さらなる成長にはより大きな投資が不可欠だと感じるようになりました。そこで、スタートアップとして資金調達し、本格的に事業を拡大していく決断をしました。

当時から、グローバルの採用マーケティングプラットフォーマーを参考に、まずはリファラル採用を起点とし、企業の採用データを蓄積・活用できるサービスを展開。その後、採用マーケティングのプラットフォームへと進化させていく構想を描いていました。

 

—構想を練るなかで、PMFしたと感じたのはどのようなタイミングでしたか?

鈴木:2017年ごろ、BtoBのSaaSとしてビジネスモデルや組織体制を大きく転換したタイミングです。そこから、テックタッチではなく、ハイタッチでお客さまにコンサルティングを提供し、機能もエンタープライズ向けにより強化しました。

もともと大手企業で採用の成果は出ていましたが、さらに投資対効果が明確に上回るようになったことで、日立様や富士通様、モスストアカンパニー様などに次々と導入していただきました。現在も継続してサービスをご利用いただいています。

堤:初期に導入した大手企業が、5年以上継続しているのはすごいですね。既存の採用方法と比較し、リファラル採用のほうがロイヤリティが高いことを初期の段階で証明することは大変だったと思います。

 

—リファラル採用と従来の採用手法 、どのような違いがあるのでしょうか?

鈴木:リファラル採用のほうがマッチング率が高く、離職率も低いです。たとえば、大手外食系企業様では、「MyRefer」を活用して250名のスタッフ・アルバイトを採用されましたが、一般的な外食業界の離職率が約50%に対し、同社では約5%と低水準でした。友人や家族が紹介するため、企業との適合度が高い方を採用できていることが要因だと考えています。

 

—事業拡大期で苦労したことについてお聞かせください。

鈴木:創業当時、日本ではリファラル採用という考え方自体がまだ一般的ではなく、浸透させるまでには多くの壁がありました。プロダクトをリリースした直後も、現場では「社員が休日に紹介活動をすることが業務とみなされるのでは」といった懸念の声があり、人事部門と現場の温度差が課題になっていました。そのため、私自身が労働組合向けの説明資料を作成するなど、現場への浸透に向けた地道な取り組みを続けました。

また、組織づくりでも、事業成長に伴ってフラットで自由なスタイルから、より機動力と成果を重視した体制へと変化させる必要がありました。こうしたフェーズの切り替えは、スタートアップにはつきものだと考えています。

堤:投資後、営業組織が軌道に乗るまでは少し時間がかかりましたが、その後は組織が整い、次のプロダクトリリースまで着実に積み上げていかれた印象です。

鈴木:ちょうどそのタイミングでコロナ禍も重なり、先行きが見えないなかで、キャッシュマネジメントと組織運営のバランスを取る必要がありました。リモートワークが中心となり、働き方も大きく変わる中で、組織としては「ロマンだけではなく、ソロバン(現実的な判断)を重視する」フェーズに移行したと感じています。その過程では、変化に伴う痛みもありましたが、結果的には、事業と組織の双方を持続的に成長させるために不可欠なプロセスだったと振り返っています。

堤:そのような局面で、しっかりと決断し、実行できるリーダーは少ないものです。IPOを実現した背景には、こうした鈴木さんのリーダーシップが大きかったと感じています。

単一プロダクトにフォーカスした成長戦略──「MyRefer」が切り開いた事業成長への道

—STRIVEとタッグを組んだあとの出来事についてお話をお聞かせください。少し話は戻りますが、当時、鈴木さんが最年少で1億円の資金調達を実現できた秘訣は何だったのでしょうか?

鈴木:そうですね、なんでしょうね…?

堤:やはり「強い意志」ではないでしょうか。大企業からのカーブアウトを実現するのは言うほど簡単ではなく、非常に難易度が高いことなんです。

最初の段階で適正な将来ビジョンや構想を描き、それを見据えたうえでやり遂げる覚悟が必要になります。また、資本を含めた全体の戦略を初期からしっかりと設計することも求められます。これは、やはり確固たる意志がなければできないことですし、鈴木さんにはその覚悟と説得力があったことが、投資のひとつの決め手となりました。

 

—当時、周囲の反応はいかがでしたか?

鈴木:私たちは創業当初から「採用マーケティングのプラットフォームをつくる」というビジョンを掲げており、その意志を共有しながら、着実に進めてきました。そうしたビジョンへの共感や理解を得ることができたのは非常に大きかったですね。

一方で、次のフェーズに進む過程では、VCの皆さんの客観的な評価をいただいたうえで進めました。その過程で、2018年にSTRIVEさんとご縁をいただいたことが大きな転機となりました。VCという立場から、投資リスクもあるなか、信じてサポートしていただけたことは本当に感謝しています。

 

—最初に鈴木さんとお会いして事業の話を聞いたとき、堤さんはどのような印象を持ちましたか?

堤:私がリクルート出身ということもあり、HR業界やHRtechにはもともと強い関心を持っていて、理解もありました。HRビジネスは、「採用」という巨大な山をどこから登るかの競争だと思っていますが、最終的には同じ頂上を目指す闘いになります。当時もさまざまなHRtechのアプローチがあるなかで、リファラル採用という軸をもって一点突破しようとする鈴木さんの切り口は非常におもしろいと感じました。

私の投資スタンスは、「自分が実現したい世界を実現できる企業に投資する」というものです。ちょうど当時、人の評価を他己評価をもとにさまざまな形でデータベース化し、いわば「人の食べログ」のようなものをつくれたらおもしろいのではないかと考えていました。リファラル採用は、まさにそれを実現できるユニークな切り口だと思いましたし、ニッチだと思われる市場にあえて挑む姿勢も魅力的でした。

加えて、鈴木さんなら絶対にやり切れるだろうという安心感もありました。TalentXは、2回のみの資金調達、累計10億円ほどでここまで成長していますが、それは鈴木さんが経営者として適切に舵を取っているからこそだと思っています。

 

—「MyRefer」を皮切りに、「MyTalent」、「MyBrand」と事業展開されてきましたが、IPOを視野に入れるなかで、鈴木さんの意識や経営スタイルに変化があったタイミングや転機についてお聞かせください。

鈴木:やはり「MyRefer」がしっかりとPMFし、事業がそれ単体で伸びていくビジョンが見えたことが大きかったです。

2020年ごろから、堤さんにはプラットフォームや次のプロダクトについて壁打ちをしていただいたのですが、そのときに「今は『MyRefer』を中心に成長を積み上げるべきではないか」とおっしゃられたことが、私はとても印象に残っています。

最初からコンパウンドプロダクトをつくることも物理的には可能ですし、グローバルだとそういうやり方を行っているところもあります。しかし、日本ではまず一つ目のプロダクトがしっかりと市場に受け入れられ、NPSが高く、解約されない状態をつくることが重要です。そのうえで、新たなプロダクトを展開し、事業の成長を加速させる形が理想です。

「MyRefer」でそのような状況をつくることができたからこそ、事業の成長をもたらすような2つ目、3つ目のプロダクトを事業展開ができたと思っています。

また、私自身がセールスオペレーションに深く関わらなくても、事業が円滑に回る仕組みを整え、新規事業によりフォーカスできる体制をつくりました。

堤:「MyTalent」や「MyBrand」の立ち上げも鈴木さんが主導されたんですよね。これは、その体制がないと実現できない。私は、起業家こそが一番事業をつくれる人であると考えているので、鈴木さんご自身が0から新規事業を立ち上げ続けていることは、とても重要なことだと思っています。言葉で言うのは簡単ですが、これも実際にやり切れる人は非常に少ないんです。

 

—「MyTalent」や「MyBrand」の立ち上げの経緯について、お聞かせください。

鈴木:リファラル採用で紹介いただく方は、転職活動を積極的に実施していない転職潜在層であるため、潜在的な候補者としてプールされるケースが多いです。そこで、こうした潜在的な候補者に対して、より効果的にナーチャリングできる仕組みがあったほうが良いのではないか、という着眼点が「MyTalent」の構想につながりました。

さらに、リファラルの候補者データだけでなく、エージェント経由や求人広告からの応募者もすべてプールし、マーケティングできる仕組みがあれば、企業の採用活動をより効率化できるのではないかと考えました。グローバルでは、すでにそのような採用のCRMが存在することも認識していたため、日本市場にも適用できると考えました。

私自身の気持ちが盛り上がらないと新規事業のエンジンはかからないため、新たなプロダクトを生み出す際には、既存の概念を一度ひっくり返し、自分の中でブランドポジションを明確に落とし込むプロセスを踏むことがしばしばあります。

「MyTalent」の場合、日本の採用市場では「知らない応募者に会い続ける」ことが一般的でしたが、それを逆転させ、「知っている候補者をまず口説くほうがコンバージョンが高いのではないか?」という仮説を立てました。アンケート調査などのデータをもとにその仮説を検証し、「MyRefer」とのシナジーがあり、かつグローバルでもトレンドになりつつある分野として、「MyTalent」は2つ目のプロダクトとして最適だと判断しました。

堤:まず、顧客との会話の中から潜在的なニーズを探り、海外のベンチマークを調査し、日本市場のマーケットリサーチを行う。そこから「こういうものをつくろう」という流れが生まれる、というのは、まさに理想的なお手本のようなプロセスですね。鈴木さんらしくて非常におもしろいなと感じました。

このようなプロセスをしっかりと実行する、そして何より自分がそこにコミットする、というのは、言葉にすると当たり前のように聞こえますが、実際にやり切れる人は極めて少ないと思います。そういう意味でも、今後の新規事業の展開が非常に楽しみです。

成功するまでやり続ければ、絶対に失敗はない──採用マーケティングのプラットフォームを目指して

—この度の上場をきっかけに、どのような新規事業や事業展開を考えていますか?将来的に作り上げたい世界やビジョンなどについてお聞かせください。

鈴木:採用マーケティングのプラットフォームを目指しています。現在、日本ではこのプラットフォームを展開している明確なコンプスがまだ存在していませんが、グローバルではすでにユニコーン企業が多数存在しています。私たちも日本市場で同様のスケールを目指したいと考えています。

「Myシリーズ」を活用すれば、企業は効率的に優秀な人材を獲得し、さらにエンゲージメントを高めることができる。そんなプラットフォームをつくり上げることが目標です

今後は、「MyRefer」「MyTalent」「MyBrand」にAIを活用し、採用マーケティングのオートメーション化を進めていきます。さらに、これらのプロダクトの共通基盤に乗る新たな事業も創出していく予定です。

今回の上場の目的の一つは、採用マーケティングというブランドポジションを確立することでした。これにより、当社と連携したいと考えるパートナー企業が増え、API連携やM&Aの機会が広がることを期待しています。今後は、外部の協力会社との連携なども一気に加速させていきたいと考えています。

私たちは、採用領域における“Salesforce”のような存在を目指しています。営業の世界でも、かつては「足で稼ぐ営業」「外部広告への依存」「眠ったままの名刺データ」が当たり前でしたが、CRMの登場によりデータが資産となり、マーケティングによるパラダイムシフトが起きました。

採用も同様です。外部の採用手法への依存、過去の応募者データの未活用といった現状から脱却し、データを資産として蓄積しながら、マーケティングの力で企業の採用力そのものを強化する。その世界を「Myシリーズ」を通じて実現し、日本企業の人材獲得力を底上げしたいと考えています。

そして最終的には、日本の採用市場そのものに新たなインフラを提供することで、社会の持続的な発展に貢献していきたいと考えています。

 

—ありがとうございます。堤さんは、今後TalentXにどのような期待を寄せていますか?

堤:TalentXの最大の強みは、外には出てこない膨大な人材データを保有していることです。このデータをどのように活用し、新たな技術を生み出していくかが非常に楽しみです。

また、AIとの組み合わせによって、ビジネスの可能性が無限に広がると期待しています。鈴木さんもお話しされていましたが、上場後の成長にはパートナーシップやM&Aがより重要になってくると思うので、その部分に関しても、私も引き続きサポートしていきたいと考えています。

 

—最後に、起業家の皆さんにメッセージをお願いします。

鈴木:フェーズごとに求められるものは変わりますが、どの段階でも共通して必要なのは「やり切る力」だと考えています。

私は、STRIVEさんの「その野心を、スケールさせる。」というキャッチフレーズがとても好きなのですが、実際は、途中で諦める人や、短期的な利益を優先して方向転換する人、「やりたい」と言いながら行動しない人も多いと感じています。

私は、「成功するまでやり続ければいいだけ」と考えているため、失敗というものは本来存在しないと思っています。それなのに、なぜ成功するまで続けないのか、なぜ楽な道を選んでしまうのか、と疑問に思います。「やり切れば絶対に失敗はない」ということを、起業家の皆さんには最も伝えたいです。

起業は、自分が実現したい世界や組織、やりたいことへの情熱など、童心のような想いから始まります。しかし、成長フェーズに応じて、自分がやりたくないことにも取り組まなければならない局面が必ず訪れます。

そのとき、組織が成功するために何をすべきかを冷静に見極め、実行し続けることが経営者として重要だと考えています。経営者自身が成長のボトルネックにならないよう、フェーズに応じて常に変革し続けることが必要です。私自身もこの意識を持ちながら、これからも挑戦し続けたいと思っています。