「3年間の魔法」が切れた後、立て直した末の上場Kaizen Platform 須藤憲司氏×STRIVE 堤

投資先by STRIVE

2020年12月22日に東証マザーズへの上場を果たした株式会社Kaizen Platform。顧客体験(UX)を向上させるためのDXソリューション、UXソリューション、動画ソリューションを提供しています。創業から現在までの道のり、STRIVEとのタッグ、今後のビジョンについて、代表取締役の須藤憲司氏に、2013年のシード期から支援を続けるSTRIVE 代表パートナーの堤がお話をうかがいました。

リクルートから独立後、サンフランシスコにて創業 

堤:東証マザーズ上場、おめでとうございます!須藤さんと私は、リクルート在籍時代の2006年からの付き合いになりますね。当時、事業開発室内にグループが3つあり、私は投資と企画のグループ、須藤さんは隣で違うグループの事業開発を担当されていました。私がリクルートを退職した後、2012年の終わり頃に須藤さんから「そろそろ独立しようと思う」とお話をうかがいました。リクルート在籍時代から、起業の意思があったのでしょうか?

須藤:ありがとうございます!いえ、起業しようとは全く思っていませんでした。業界の人材不足という課題を解決する手段が起業だったんです。

リクルートは、人材ビジネスを軸に成長していった会社です。人材ビジネス業は、高度経済成長期に伸びた製造業やサービス業に人を供給することが成長の源泉でした。産業のS字カーブは50年あると言われており、インターネットは1995年頃からスタートした産業なので、そこから50年は伸びしろがあるという事なのでざっくりあと30年くらいは、きっと人が足りない状況が続くと思ったんです。

実は、Kaizen Platformはソフトウェアとして立ち上げたのではなく、本質的には人材サービスだと考えてスタートしました。つまりソフトウェアを使ったアウトソーシング事業のようなものです。ですので、サイト改善や動画制作などの手段や方法は何でもいいと思っていました。

堤:この考え方は非常におもしろいですよね。最近は、B2B SaaSがトレンドのひとつですが、そのほとんどが業務プロセスをソフトウェアに置き換えるスタイルです。ただ、長い目で見たときには、須藤さんの発想のほうが粘着性のあるサービスになる可能性がありますよね。ソフトウェアは次々と新しいものが出てきますが、人の置き換えはそう簡単なものではありませんから。当初、サンフランシスコで起業されたのはなぜですか?

須藤:グローバルに提供できるサービスを作りたいという想いがあったからです。渡米したことで良かったなと思っているのは、世の中のことをより広く知れたことです。当時、リクルート内部しか知らなかった私にとって、外の世界ははるかに広かった。苦労もしましたが、さまざまな人と出会い、多くの経験ができたことに感謝しています。

「起業3年間の魔法」「組織拡大の難しさ」――STRIVEとタッグを組んだ7年間

須藤:STRIVEさんとタッグを組んだのは、創業初期の2013年です。2012年、リクルート退職前に最初に起業の相談をしたのが堤さんでした。

堤:須藤さんが事業をされるなら最後にはうまく着地してくれるだろうという期待がありました。ですので、Kaizen Platform創業当初に投資させていただこうと思ったんです。

須藤:それなのに、「ほかの投資家にも会ってきます」と言ったんですよね(笑)。このときに、海外30社、国内100社の計130社くらいのVCやエンジェル投資家とお話しました。

堤:当初、事業内容について「WebサイトのABテストのサービス」と説明を受けましたが、その構想はVCを回られているときにはもうあったのでしょうか。

須藤:はい。ソフトウェアとクラウドソーシングを掛け合わせて、WebサイトのABテストができるサービスを作ろうと思って始めたんです。これは、自分が感じていた課題を解決するサービスそのものでした。初期はトラクションもない状態で、事業成長に必要な資金もない状態だったので、調達に動きました。

堤:タッグを組むVCを検討される際に重視されていた点は何だったのでしょうか。

須藤:信頼関係を最も重視していました。ファイナンスやクライアントのご紹介などハンズオンが必要な時は支援していただき、そうでない時は事業に集中させてほしかったんです。苦しいときにどうサポートしてもらえるかが重要だなと思っています。

堤:支援させていただくなかで印象的だったのが、「起業して3年間は魔法の3年間なんだ」という須藤さんの言葉です。ビジョンやミッションへ共感し、加えてKaizen Platformの場合は調達も順調だったこともあり、起業後の3年間はみんな高揚感がある。しかし、その高揚感は3年間で消えてしまうというのが印象的でした。実際、客観的に振り返ってみると、4年目は確かに厳しい状況でしたよね。

須藤:最初の3年間は「俺たち、何かしている感」があるんです。人も集まってきますし、サイクルもよくて非常におもしろい時期なんですよね。ただ、B2Bサービスの真価は3年ほど経たないと問えないんですよ。ABテストのサービスだけだと踊り場に達してしまう。そのため、新規顧客は積み上がっているものの、既存顧客が抜けていく構造になっていました。事業が上手くいかないと成長率も下がり、チームにも亀裂が入って離脱するメンバーも出はじめる。魔法が切れると、さまざまなことが起こるんです。

堤:これはKaizen Platformに限った話ではなく、他の投資先でも見られる変化です。真実をよく言い表している言葉だなと思いました。Kaizen Platformは、シード期から支援させていただいている分、余計に踊り場に来るまでの流れがよくわかりました。どうやって立て直しを図って再浮上を果たすのか、さまざまなことを学ばせてもらったと思っています。

須藤:私は、組織を立て直すにはまず事業を立て直す必要があると思っているんです。そこで、既存事業の立て直しと並行して、2016年に動画事業を始めました。これは戦力を分散させることになるので、一見すると悪手のように見えるんです。でも、新規事業をやる道をあえて選ぶ。この判断には「もう一度小さな魔法を作り出す」という確たるポリシーがありました。新規事業で作り出した魔法の裏で、既存事業を地道に立て直していく。魔法を作り、立て直すための猶予を得るんです。実際、既存事業の立て直しには3年間かかっています。動画事業が軌道に乗り、再び成長の波に乗れたのは2018年頃でした。

堤:投資家目線で考えても、2016年の時点で新規事業を始めるのは、戦力分散になるじゃないかと感じる面もありました。ただ、当時先んじて動画事業を仕込んでおいたから、その後に動画トレンドの波がきたタイミングで勢いよく伸びたんですよね。結果的に、あの判断は素晴らしかった。2018年に「今、動画がきているから」といって始めても、完全に出遅れていたでしょう。

須藤:最初はあまり伸びなかったので、魔法も小さかった。ただ、小さな組織や事業には活力があるので、やり遂げられたと思っています。

堤:組織規模は今どのくらいでしょうか。

須藤:正社員60名ほど、派遣や業務委託のメンバーを合わせると100名ほどです。

堤:組織の課題にも悩まれながら取り組まれてきたと思っています。

須藤:難しいですよね。会社のステージが変わるごとに人が入れ替わるのは、やはり組織に暗い影が落ちる側面もあります。ただ、人が辞めさえしなければいいのかというと、そうとも言い切れないのが本当に難しい事ではないかと思うんです。人が循環していなければ今の成長がなかったかもしれないと思う部分があるのも事実なんです。

堤:ステージに合った人が社内にいるか、またはステージに合っている人が成長できるカルチャーが会社にあるのかが大切ですよね。

須藤:活躍してくれていたメンバーの退職には悩まされた時期もありました。ただ、マネジメントできるメンバーの加入、さらに創業者の二人(石橋氏、栄井氏)が残っていることには本当に助けられました。ただ、すべては結果論で、振り返ってみたら一生懸命にやって行く過程で正解にできたのかなと思えることが非常にたくさんあります。既存事業が芳しくないときに新規事業を始める判断も同じことです。

堤:CFOが入社するまでの資金調達も苦労しましたよね。シリーズAまでの調達は投資家がサポートできるのですが、事業ステージが変わり調達額も大きくなるシリーズB以降は、本来はCFOが不可欠です。結果、シリーズDまで調達を行いましたが、CFO不在のシリーズCまでの調達は非常に苦労しました。ちょうど事業が一瞬落ちかけているときと重なっていたので、未来の兆しやチームのポテンシャルをどう伝えて信じてもらうのか、須藤さんと既存投資家で何度もディスカッションしました。

須藤:堤さんからはシリーズAでの調達が完了した頃からCFO候補を探したほうがいいと言われていたのですが、なかなかフィットする方を見つけられなかったんですよね。堤さんには、CFO役として本当にたくさん助けていただきました(笑)。

堤:何としてでも会社を成功させなければいけないので、資金調達にもコミットして、STRIVEの1号ファンドとしては大きな金額である3億円以上を投資させていただきました。各投資家を回り、交渉や取りまとめも行っています。2018年末から2019年1月にかけて動いていたシリーズDの調達では、新規投資家として事業会社が入ってくれました。事業会社が入ってくるのは、事業に明確にシナジーがあるラウンドからがいいと思っているので、理想的なタイミングだったと思います。

社会に認められるフェーズがスタートアップの成長には必要。上場後のKaizen Platformが目指す世界

堤:これまでにさまざまな意思決定をされてきたと思いますが、どの意思決定がつらかったですか?

須藤:USのダウンサイジングを決めたときは難しさを感じていましたが、つらいという感覚とは違っていて。起業家の方にはわかっていただけると思うんですが、「つらい」と言っていられないんです。とにかく目の前のことに必死で、周りから批判されようが、自分の決意で事を始め、周りの人も巻き込んでいるのだから、つらさは当たり前のことなんです。令和の時代に昭和感覚かもしれませんが(笑)。

堤:やると決めて最後までやり抜くという姿勢は非常に大事だなと思います。

須藤:情緒的な感情をなくさないと、起業家としてある種の力が発揮できないのかもしれません。

堤:上場後、今後の展開はどうお考えですか。

須藤:コロナ禍になり、日本はなぜもっとDXを進められなかったのかと反省していました。過去の社会インフラに依存していて、経済的に耐えられる力が弱いなと。ただ、それは先輩方が作ってきた日本社会の経済やシステムがそれほどまでに強いものだということで、悪いと言い切れるわけではないんです。一方で、翻って我々世代は何をやってるんだという想いが私にはあります。

DXにも日本ならではのやり方があると思うので、日本型のDXのやり方を探ることをテーマに掲げ、Kaizen Platformでソフトウェアを通じたアウトソーシング事業を展開しています。7年間ずっと、自分たちのビジネスがどこの領域でレバレッジが効くのかなと考えています。将来的に巨大産業になっても全くおかしくない市場ですから。正しいテーマに向き合えているのか、ずっと考え続けています。

堤:社内に対してはどんな想いがありますか?

須藤:起業したとき、「新しい働き方」「組織の創出」というビジョンを掲げ、世界を変えようと思ってやってきました。昔からリモートワークにも積極的に取り組んできたんです。ただ、新型コロナを機に、「新しい働き方」から「なめらかな働き方」にビジョンを変えたんです。というのも、コロナ禍で就活に困っている学生と行ったアフターコロナの企業研究で、Kaizen Platformが推進していることを説明した際、学生から「それって新しいんですか」と聞かれたんですよ。

堤:そうか、今やリモートが当たり前になっているからですね。

須藤:そうなんです。その言葉をきっかけに「なめらかな」と言葉を変えました。この時に思ったのは、自分たちが正しい、世界をこう変えたいと思って掲げている旗は、一定フェーズからは社会に受け入れてもらわないといけないということです。どこかのタイミングからは社会に受け入れてもらわないと、スタートアップは大きくならない。世界を変えようと思って、やってきた事がどこかのタイミングから当たり前のモノゴトとして受け入れられて行く。そうやって世界は変わるんだと思うんです。ただ、上場会社として守るべきルールは守りながらも、青臭さは忘れずにいたいです。おもしろいことをやりたくて起業しているので、エキサイティングにやる姿勢は変えずにいきたいですね。

堤:今のお話は、すべてのスタートアップに通じますね。「世の中を変える」と言い続けているということは、結局ずっと変えられていないわけです。いつの間にか当たり前になることが変えられた証であり、スタートアップが次のステージにいくことにもつながる。受け入れられるきっかけのひとつが上場でもあるのでしょう。「なぜ上場するのか」の問いのひとつの答えだと感じました。