ESG普及の背景と課題を国内スタートアップ2社が解説/アスエネ×Resilire×STRIVE ESG勉強会レポート
短期的な収益だけでなく「環境」(Environmental)や「社会」(Social)、「企業統治」(Governance)の持続可能性を重視した投資手法である「ESG」は、ここ数年のホットワードにとどまらず、世界経済の基本原則の一つになろうとしています。なぜ急速に普及したのか、その背景や国内外の事例、今後の課題について、STRIVEがESG関連サービスを展開する「アスエネ株式会社」「株式会社Resilire」の両代表を招き、関係者向け勉強会を開催しました。その内容を紹介します。
登壇者
- アスエネ株式会社 Co-founder&代表取締役CEO 西和田 浩平
- 株式会社Resilire 代表取締役 津田 裕大
- STRIVE インベストメントマネージャー 四方 智之
ESG領域が今、なぜホットなのか?
最初に、STRIVEの四方が「ESG投資が注目される背景」や「大手企業の取り組み」「サプライチェーンへの拡大」について解説しました。
ESGの始まりは、2006年に発表された「国連責任投資原則」(PRI)とされています。「定量的な財務情報だけでなく、『環境』や『社会』『ガバナンス』といった非財務情報も考慮した投資を行いましょう」というものです。
2008年に金融危機(リーマンショック)が起きると、目先の利益だけを追い求める「行き過ぎた資本主義」への反省から、ESGへの関心が高まりました。日本では2015年にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに署名し、1兆円規模のESG投資を開始したことで加速しました。
ESG投資のメリットの一つとして、「企業価値の向上」が挙げられます。例えばテスラの売上はトヨタの5分の1ほどですが、時価総額では2〜3倍の評価を受けています。この差は、テスラがESG投資の対象になっているために生まれていると考えられます。
前時代的な事業では「原価の安さ」が重視されましたが、社会全体で見てみると環境やインフラへの負担が大きく、実は「原価が高い」場合があることがわかってきました。そこで「社会コスト」を考慮しても稼げる、持続可能な事業が投資対象になってきたのです。
しかし、社会コストが大きくなれば利益が少なくなり、競争力が低下しそうです。その点について四方は、あくまで仮説としつつ、社会インフラが整備されることで社会コストが少なくなり、競争力が生まれると説明します。
例えば、EVでは「充電インフラの整備」「再エネ価格の低減」「バッテリー用量増大」などによって価格競争力が高まるわけです。単純に「持続可能な事業」というだけでは意識の高いアーリーアダプター層にしか刺さらず、いかにレイトマジョリティーまで取り込むか、社会インフラの変革まで見据えた長期目線が重要になってきます。
大手企業の取り組み例では、Googleが2030年までに需給最適化で炭素の非排出を目指し、Amazonは配送におけるEVの導入や2040年のネットゼロを目指しています。マイクロソフトは自ら積極的な目標を課すことで、自社のソリューションを磨き込んでいます。
一方、スタートアップを見てみるとESG投資が拡大したのは2020年から2021年にかけてであり、比較的新しいトレンドです。よく「日本はスタートアップのトレンドが欧米から2、3年遅れている」と言われますが、脱炭素関連では半年ほどの遅れにすぎません。
今回登壇するアスエネやResilire(レジリア)を筆頭に日本発のスタートアップが台頭しており、特にアジアは展開する余地が十分にあるマーケットになっています。
ESG情報開示の流れはサプライチェーン全体に
続いて、サプライチェーンにおけるESG情報開示の現状について四方が解説しました。
日本では2021年6月に行われたコーポレートガバナンス・コードの改訂が契機となり、ESG情報開示が進みました。背景にはコロナ禍もありましたが、東証の市場再編のタイミングで上場企業の情報開示を促す思惑もあったと考えられます。
気候変動情報の開示については日経225の銘柄中、約8割の177社がTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に賛同し、「ガバナンス」や「戦略」「リスク管理」「指標と目標」について開示を始めています。
具体的には「温室効果ガス排出量」や「廃棄物排出量」などの定量指標を設定している企業が多く、逆に「自然保護活動」や「生物多様性保全活動の推進」といった定性指標に関してはまだ定まっていない傾向が見られます。
温室効果ガス排出量については、サプライチェーンを3つに区分けした開示が求められています。スコープ1と2が自社の排出量、スコープ3が上流から下流まで、取り引き先の排出量です。TCFDではサプライチェーン全体の排出量について、情報開示が求められているわけです。
他にも自然災害が起きた際にどう対応するかといった将来的な財務インパクトが高いと想定されるESG要素に関する開示基準「SASB(サステナビリティ会計基準審議会)スタンダード」には、「ビジネスモデルの強靭性(レジリエンス)」や「サプライチェーンマネジメント」についての項目が設けられています。
実際に上場企業のIR資料で「気温が◯℃上がった際に考えられる影響やその対策」といった情報を掲載する企業も増えてきています。サプライチェーン全体で、ESGを意識した取り組みが広がっているのです。
アスエネが取り組むサプライチェーンの見える化
続いて、アスエネ株式会社と株式会社Resilireの両代表から、ESGに関わる事業説明や外部環境についての解説が行われました。最初はアスエネ代表の西和田氏からです。
2019年創業のアスエネは、現在までSTRIVEをはじめとしたVCなどから約20億円を調達。事業としてCO2排出見える化・削減クラウドサービス「アスゼロ」と、CO2ゼロのクリーン電力サービス「アスエネ」の2つをBtoB向けに展開しています。
現在、全世界のCO2排出量は年間約335億トンになっており、日本はそのうちの3%を占める約11億トンで、世界で5番目にCO2排出量が多い国になっています。実は家庭が占める排出量はこのうちの15%で、そのほとんどは産業部門や運輸部門、事務所など企業活動が原因になっています。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると産業革命時代と比べて気温は1℃上昇しており、このまま気温上昇が続くと極端な熱波や大雨、干ばつ、海面上昇などにつながると懸念されています。そこで昨年11月にスコットランド・グラスゴーで開催された世界の気候変動会議「COP26」(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)では、気温上昇を1.5℃に抑える努力目標が合意されました。
日本では2020年に当時の菅政権が2050年にカーボンニュートラル(脱炭素社会)を目指すと「温対法」(地球温暖化対策の推進に関する法律)に明記したことで、企業がコミットを始めています。他にも大きな動きとして「コーポレートガバナンス・コードの改訂」と「サプライチェーン排出量の削減要請」があります。
これまではリーディングカンパニーと呼ばれるような大企業だけが取り組んでいればいいという世界でしたが、いま起きているのは自社のCO2排出量削減だけでなく、サプライチェーン全体に対してのGHG(温室効果ガス)の削減要請です。例えばAppleやロレアル、ヒューレット・パッカード、日本でもトヨタやホンダ、ソニーなどが「GHGを毎年3%下げてください」といったことを要請しています。そこにアスエネが狙う新しいマーケットがあるのです。
しかし、企業の多くはCO2排出量を削減したくても、そもそも自社の排出量を把握できていないという現状があります。これに対し、西和田氏は「ダイエットをしたいのに自分の体重がわからないと言っているようなもの。我々のサービス(アスゼロ)は、体重を量り、どこに脂肪が付いているかを分析し、減らすための対策を考えて実行していくシステム」と説明します。
アスゼロの一番の特徴は、「排出量の見える化」「SXコンサル」「クリーン電力の導入」「カーボンオフセット」まで、ワンストップソリューションで提供できるところにあります。カーボンオフセットとは、認証された他の場所・事業での温室効果ガス排出削減量や森林管理による吸収量を購入し、削減が困難な部分の排出量を埋め合わせるというものです。
アスゼロはそれらをサブスクモデルで提供しており、1社でソリューション提供できるのは現状ですと国内でアスエネのみとなっています。
最後に一例として、2030年までに投融資先、数千社のGHG排出量50%削減を目標として掲げる農林中央金庫での導入事例が紹介されました。
Resilireが取り組むサプライチェーンの見える化
続いて、Resilire代表の津田氏から事業説明や外部環境についての解説が行われました。
Resilireは2018年に津田氏自身が西日本豪雨で被災したことがきっかけとなり、創業されました。サプライチェーンリスク管理クラウドの「Resilire」は、すでに小林製薬や積水化学といった大企業で導入されています。
サプライチェーンの管理強化では、平時では人権尊重や環境認証の取得など、有事では紛争やコロナなどの課題があり、サプライヤーの情報把握が重要になっています。このサプライチェーン管理が適切に行われていないと、例えば原料が届かなくなってから「一部が中国に依存していてロックダウンの影響を受けていたことに気づく」といった問題が起こってしまうのです。
しかし、サプライチェーンはTier1、Tier2、Tier3と階層が深くなっていくほど情報を集めることが難しくなっていきます。大企業になればサプライヤーの数は数千、数万になり、それをエクセルで管理するのは非常に困難です。
その結果、データが陳腐化し、問題が起きた際に自社や製品にどんなインパクトがあるのかを正確に把握できず、大きな被害につながってしまいます。
自前でシステム構築ができているのは億単位の投資ができるトヨタなどの自動車産業くらいで、他の産業ではほとんど投資が進んでいません。実際、サプライチェーンのリスク管理には大きく「可視化」「分析」「実行」という3つのステップがあり、ゼロから自社構築すると数千万から億単位の予算が必要になります。
そこで、最初のステップとして「可視化」の部分を最小工数で安価に進められるようにしたのが「Resilire」です。
「Resilire」では調達先のサプライヤー情報をツリー構造に可視化することができます。すでにエクセルデータを持っていれば、データを整理してインポートすることで一気にクラウドで可視化できます。
従来のエクセル管理ではメーカーがサプライヤーに依頼を出して情報を開示してもらう進め方でしたが、これでは手間とセキュリティーの問題からサプライヤーが情報を出したがらないという課題がありました。ResilireではサービスのIDをサプライヤーに付与することでサプライヤーの負担軽減や、機密データの開示範囲の設定ができるようになります。
そして可視化が進むことで自然災害や停電などのサプライチェーンリスクが発生した際、影響を受ける可能性が高い拠点を即座にリストで明示してくれます。
最後に、津田氏からResilireの今後の展望としてESGのスコアリング機能など追加することでリスク管理視点でのサプライチェーン管理から、サプライチェーンのESG管理プラットフォームを目指していくことが語られました。