起業からシリーズBまでの道のりーTRUSTDOCK 千葉孝浩氏

by STRIVE

先日、「起業からシリーズBまでの道のり」をテーマに、早稲田大学大学院経営管理研究科 杉田ゼミ(以下、WBS)とSTRIVEの共催でイベントを開催しました。株式会社TRUSTDOCK 代表取締役CEOの千葉 孝浩氏、WBS 杉田 浩章氏にご登壇いただき、リーンスタートアップに沿った事業立ち上げや組織拡大の道のり、法律対応しながらの事業推進などについてうかがいました。

登壇者

株式会社TRUSTDOCK 代表取締役CEO 千葉 孝浩氏
前身の株式会社ガイアックスでR&D「シェアリングエコノミー×ブロックチェーン」でのデジタルID研究の結果を基に、日本初のe-KYC/本人確認API「TRUSTDOCK」を事業展開、そして専業会社として独立。シェアリングエコノミー等のCtoC取引に、買取アプリ等の古物商、そして送金や融資、仮想通貨等のフィンテックの口座開設まで、あらゆる法律に準拠したKYC/本人確認をAPI連携のみで実現。様々な事業者を横断した、デジタル社会の個人認証基盤、日本版デジタルアイデンティティの確立を目指す。
e-KYC/本人確認APIサービス「TRUSTDOCK」

早稲田大学大学院経営管理研究科教授 杉田 浩章氏
2019年よりSTRIVEにファンドアドバイザーとして参画。STRIVE参画以前は、日本交通公社を経て、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)へ入社。30年近くにわたり経営コンサルティングに従事。日本支社の統括責任者、アジア・パシフィック地区のクライアントチームのチェア、日本代表等を経て、現在同社マネージングディレクター&シニアパートナー。早稲田大学ビジネススクール教授、ユニ・チャーム社外取締役、Kaizen Platform社外取締役等も兼務。

 

はじめに

杉田「本日はありがとうございます。今回は、千葉さんがeKYCという市場に目をつけたタイミングや、前職の社内の新規事業から起業に至ったということで、そのあたりのメリットや難しさなどについて、TRUSTDOCKの立ちあげから今に至るまでのストーリーをおうかがいできればと思います。よろしくお願いします」

千葉「TRUSTDOCKの千葉と申します。私たちが取り組んでいるのは「Know Your Customer(KYC)」という領域で、もともとは金融用語で使用されており、「顧客確認」、ほとんど「本人確認」と同義で使われている分野です。創業は2017年11月で、日本で唯一のeKYC対応のデジタル身分証アプリ「TRUSTDOCK」と本人確認API基盤を提供しています。おかげさまで、このKYC領域では業界・業種問わず、幅広く導入していただいております。本日は、私の経験をお話し、起業を目指す皆さまにも還元していければと考えております。よろしくお願いします」

企業内の新規事業開発チーム組成まで

千葉「前職はガイアックスというIT企業に勤めており、TRUSTDOCKはガイアックスの新規事業開発部から組成されてスタートし、私は当時40歳でした。

ここでは、『リーンスタートアップ』という事業立ち上げのモデルに沿って、事業検証をしつつ、新規事業開発を行うことを重要視していました」

千葉「リーンスタートアップで事業を立ち上げると、”失敗するときに正しく失敗する”ことができます。

いくつかこの順序で新規事業を立ち上げたなかの例に、退職したシニアと企業を業務委託でマッチングするマーケットプレイス事業「シニアモード」と、絵を習いたい人向けの動画教育サブスクリプション事業「アートレッスン」がありました。いずれもリーンスタートアップに沿って事業検証を重ね、拡大のフェーズには至らなかった事業です」

杉田「40歳での起業ということで、新しく自分で事業をしてみようと思い立った背景を教えてください」

千葉「私の実家が町工場だったというのがひとつ背景としてあり、当初から”手に職で、自分で稼ぐ”みたいなものがマインドセットとしてありました。また、ガイアックスに入社する以前から、個人事務所を立ち上げ、デザインなどのクリエイティブの仕事をやっていたこともありました」

杉田「幼少のころから身についた感覚というのがあったんですね。今まで行ってきた個人的な事業と、TRUSTDOCKの事業立ち上げにおいては、どのような部分に差がありましたか」

千葉「まずは、『チームでの立ち上げ』という点です。前職のガイアックスでの新規事業も『その4人でスタートアップしたと思って、サバイブしていきなさい』と許容してくれていました。この頃は、会社に籍もなく、片道切符でスタートアップと同じようにやっていました。

それまでにもいくつか事業をやっていたのですが、このときに思ったのは、今までの経験でわかった風にやるのではなく、素直に立ち上げのフレームワークに沿って、新規事業開発をやってみようということでした」

杉田「この手法に沿ってやってみた結果として、今までとの違いをどのような点で感じられましたか」

千葉「今までは、どこまで手触り感を持って確かめに行ったか、という点がやはり甘かったと思うんですよね。このときに何をやったかというと、最初のメンバーは4人だったので、1人100案考え、計400案の中からさらに本気でやりたいことを100案に絞り、さらに、その中で投票制で検証し、最終的に約10案に絞ったんです。多くは、Customer/Problem fitの段階で止まり、次の段階にいきませんでした。ユーザーインタビューをし、ヒアリングすることを愚直に繰り返して事業検証を行い、結果、世の中に出せたのは2案しかなかったんです」

杉田「それは、これからTRUSTDOCKに繋がるための予行演習的にそういう方法を一度やってみようと考えたのか、それとも、本当にこの中から何か出そうと思い、それがTRUSTDOCKに繋がったのか、どちらでしょうか」

千葉「後者です。いつもこれで上場するぞ、という勢いで毎回全力でやっていました。やっぱり”冷静と情熱の間”だと思うので、基本的にはいつも情熱的にやっていますが、KPIを越えられなかったときには、後ろ髪を引かれても冷静にやめよう、と決めていました」

投資先への出向を経て、事業部の立ち上げ、拡大へ

杉田「はじめから金融に興味があったから今の事業に繋がった、ということではないのですね」

千葉「はい、いくつか新規事業を行った後に、そのチームは解散して、前職の投資先企業に出向しました。そこでは、先ほどのリーンスタートアップでいうところの、Product/Market fitのフェーズに入っており、そこで事業リーダーとしてグロース含めビジネスを拡大していました。

その後、出向先から戻った際に、社内の研究開発のR&Dチームが、本人確認プロダクトのモックのようなものを作成して研究しており、これを事業部化するという話が出ていました。実は、私の出向先にもこの本人確認のプロダクトを導入しませんかという話が、R&Dチームから過去にあったのですが、その際に私自身、導入するに至らなかったんですよね。自分が買えなかったプロダクトは売れないと思ったので、なぜそのときに買えなかったのだろう、ということを考えました。

もともと本人確認のプロダクトは、シェアリングサービスや、マッチングサービス向けに考えていたのですが、お問い合わせが多いのはフィンテックサービスの企業ばかりだったのも不思議でした。そこで、お問い合わせをいただいたフィンテック企業にユーザーインタビューをしに行きました。私自身がなぜ導入できなかったのかというのも含め、ひとつひとつ確かめに行った感じです」

杉田「なるほど。千葉さんが最初にちゃんと新規事業開発をしようと考えてからTRUSTDOCKの立ち上げまではどのくらいの期間だったのですか」

千葉「約3年です。新規事業をトライし始めたのが2014年で、それから出向先に行く前に、この本人確認系の研究で総務省の実証実験に提案するというところで、R&Dチームからヒアリングし、私が企画書を書き、そのまま後は任せて、投資先に出向しました。総務省でのデジタル身分証の実証実験はめでたく採択され、新たなフェーズに進むというところで、ちょうど私も出向先から戻ってきまして、リーンスタートアップに沿って確かな手触り感を得られればこれを事業部化する価値があると思いました。

事業部化する時のプロダクトは、デジタル身分証ではなく、API経由で身元確認するというプロダクトでしたが、私が『これならProduct/Market fitするぞ』と思ったのが、『身元確認(KYC)以外の確認業務も全て提供する』という点でした。

なぜかというと、投資先に出向していたときに、身元確認だけでなく営業許可証の確認や保険に入っているかの確認など、要は顧客確認のいろいろなプロセスを確認していて、身元確認だけ提供されても導入できないという、顧客側の経験をしたインサイトがあるからです。やるなら全部やってよ、と。金融はプロセスがとても手間がかかるため、それを全部やるサービスを提供しようと思いました。そして同時に、しっかりと”金融向けに事業展開する”という旗を立てなければならないとも思いました。ブランディングとマーケティングが重要だなと。

それが、トランスファーワイズ(海外送金)が日本に進出するというタイミングで、2017年7月にTRUSTDOCK事業部を立ち上げ、8月にトランスファーワイズと業務提携の協議をしました。実はこれは、提携協議のプレスリリースなので、契約前なんです。契約前にプレスリリースを出すというのはなかなか珍しいことだと思いますが、ものすごく苦労して、契約前だけど発表させてほしいと交渉しました。最初に世界観を出し、来年の今頃にはこのようなプロダクトができているというロードマップも見せつつ、全部資料を作成し、KYC商社としてやっていくという旗を立てました

杉田「事業立ち上げの際の最初の全体像は、ある特定の機能に入っていきながら顧客ニーズによって広げていき、プラットフォーマー化していくという手法があります。一方で、千葉さんはどちらかというと、最初にグランドデザインを作成し、今はないけれどこれをやっていくんですと見せる手法をとられていると思いますが、この2つの手法の違いや、有効性についてどうお考えでしょうか」

千葉「この領域に関しては、『顧客管理(カスタマー・デュー・ディリジェンス)』という言葉があり、CDDと略されるんですが、企業が本質的に求めているのは、顧客確認管理全般をデジタル化したいということなんですよね。身元確認だけではなく、例えば反社チェックであったり、マイナンバーの取得などです。

顧客確認のプロセスをいかにデジタル化するかというのが一番の要なので、これを伴っていないとProduct fitしないというのが、このときのFinTech企業向けの最小単位でした」

杉田「なるほど、これが最小単位なんですね。これは先ほどの、ユーザーインタビューを徹底するなかで気づいたのですか」

千葉「金融業などいろいろな方々に、『今、本人確認をどのようにやってらっしゃるんですか』と聞くと、様々なプロセスが出てくるんです。その中で重なるプロセスがあり、ここはA社が解決して、ここはB社、ここはC社、というようにいろいろな会社を継ぎ接ぎしながらこれをやっていると。それならば、これがワンストップでいっぺんにできるサービスを提供しますとご提案したんです。これはヒアリングしながら見つけました」

杉田「『どういうものが欲しいですか』といったヒアリングではなく、実際にファクトとして『どのようなことをやっているのですか』というヒアリングですね。なぜこのように何度も似たようなことを違うプロセス内で繰り返しているのだろうか、というどちらかというと観察ですよね」

千葉「課題があれば、そこには絶対、既存の解決策があるはずなんです。何かしらの手法でそれを解決していて、その既存の解決策よりもエレガントであるプロダクトは買われる、というのがリーンスタートアップの基本概念なので、今ある解決策を聞くというのが重要なんです」

杉田「今どのような解決策でどこまでのことができているのかという部分をヒアリングし、それならばその人たちが”わお!”と言ってくれるようなプロダクトは何なのだろうかと考える。顧客にとっての課題や負を発見する能力が高くないといけないですよね」

いよいよカーブアウトして独立へ

千葉「事業部化したのが2017年7月で、先ほどのプレスリリース発表が8月、法人設立が11月です。したがって、事業部化から3か月後には実は独立の準備をしており、独立したのは2018年の4月でした。このときには、カーブアウトとともに最初の資金調達のラウンドを実施しています。

最初は、ほぼWEBサイトも作成せず、ステルスモードでやっていました。マーケティング戦略としては、導入プレスリリースだけを出し、お問い合わせがきた方には詳細な資料で提案をします。こうして、見込み客でユーザーインタビューをしながらどのようなプロダクトにすべきかをずっと考えながらやっていて、いよいよ2018年のピッチイベントに出場する際にステルスモードを解禁し、どういうサービスプロダクトを提供するのかをピッチイベントやWEBサイトで発信していきました。これが2018年の夏〜秋ですね」

杉田「ということは、事業を2017年に立ち上げて、約1年半でここまできたということですよね。ちなみに、TRUSTDOCK事業部という、社内事業部だったものをカーブアウトさせてくれた企業側にはどのような動機があったとお考えですか」

千葉「前職のガイアックスは、もともと会社を辞めると7〜8割が起業するというような会社だったんです。それならば、社内で起業する制度を作ってしまえばいいと。最近はスタートアップスタジオという名前をつけているんですが、どの事業部もカーブアウトしていいという制度になっています。私たちはまさにその第一号くらいでした」

杉田「ある種のVCとは言わないまでも、そのような意味合いに近いんですね。いずれは独立したいという高い向上心を持った社員が、ある期間一生懸命に自社で働いてくれたらいいじゃないか、と。

とても大事ですよね。企業側もそういうふうに変わっていかないといけないと思います。スタートアップを立ち上げていけるような人材でなければ、社内にいながら意欲を高めていくこともできないですし、自社を越えた広いネットワークのなかで、自社をどう活かしていくかという部分もなかなか描きづらいですよね」

千葉「そうですね。社内だけでなく、外からの投資を集められるくらいになりなさい、いつでも会社の籍を外れる覚悟はあるのか、とそういったものが全て問われた制度でした。

そして私を含め、R&Dチームの5人でカーブアウトしました。元の会社にいながら出向で手伝うという選択肢も、代表の私以外にはあったのですが、満場一致でした。やはり、この覚悟感がなければ、おそらく最初のシードラウンドの投資も受けることができなかったのではないかと感じています。

最初のシードラウンドを振り返ると、100枚ほど投資家の名刺をいただいたなか、私たちに投資をしてくれたのはそのなかのわずか6枚、つまり6%でした。ただでさえカーブアウトは珍しいし、社外から見たら、たいしたレジュメもトラックレコードもなく、40歳で脱サラではないですけれどそれに近い状態だったので、本当に大変でした」

杉田「最初の資金調達時に、その6%の方は何を評価してくれたのだと思いますか」

千葉「ひとつは、KYCというテーマが社会課題として大きい、とりわけ金融機関においては大きな問題だというのがあったと思います。もうひとつは、ファクトとして、いよいよこの年に法改正が行われるという話題があったことです。つまり、これから変化がある領域だと。KYCという大きな社会課題に対して事業で取り組んでおり、そこにトラクションがあり、プロダクトも作れていて、事業領域の一定の理解をしている、という点が評価されたのだと思います」

杉田「そのような法改正がある、あるいは、eKYCが重要になるというのは、一般的になんとなくわかっていることだと思いますが、それをビジネスコンセプトにしている企業というのは当時はなかったのですか」

千葉「一切なかったんです。金融機関から見ると、KYC業務はさまざまなバックオフィス業務の”one of them”なんですよね。したがって、KYC業務だけをピックアップするという発想がそもそもなく、業務のなかに散らばっているKYC業務を横串でまとめたのは私たちだけだったんです。それが、先ほど杉田さんがおっしゃった”わお!”と言っていただける、ひとつだったんだと思います。

本人確認というものだけを抽出し、そこにどのような業務があるのかフォーカスして洗い出す、というBPRのような作業を、当時は私たちだけがやっていました」

シード~アーリーステージまでの生存戦略

千葉「最初の資金調達を終え、これからいよいよやっていくというなかで、最も意識していたのはファクトの積み重ねでした。特に、私たちは金融機関出身ではなかったので、一社一社導入し、安定的に稼働して、それをしっかり社外に発信していくという、広報PRの積み重ねにより、自分たちができることの証明をしていきました。

法改正があるのならば、法律の原文を省庁のWEBサイトから読みにいき、直接その法改正を作成した省庁へ改正の理由を聞きに行く。そして、金融機関は今何をどうやっていて、次の法改正をどう考えているのかということを徹底的に調査するんです。世の中の法規制は何かが起きて作られることが多く、そうであれば、何を守りたくて法改正が行われたのか、そこにおいて何をつくるべきか、と考えるのを繰り返しやっていた時期でした。

そして、2018年からとにかく多くのピッチイベントに出場し、軒並み賞を総なめにし、私達が何者なのかのブランディングとマーケティングで認知拡大をしていきました。資金調達においては、私たちが事業化した2017年から金融手続き・取引の法改正がどんどん行われていたので、そこを捉えながら実施していました」

千葉「私たちは、レギュレーション×テクノロジーのRegTechというラベリングなんです。レギュレーションが今後どうなっていくのかというのが、私たちの事業においてはキーファクターになります。レギュレーションの移り変わりに合わせて、プロダクトの投下や資金調達、戦略を考えていくというのが私たちの背骨のひとつになっています」

杉田「つまり、今後のレギュレーションを中期的に見定めて、そこに対してプロダクトをどう進化させるのか、どう広げていくのか、などブランドプランのようなものがあるということでしょうか」

千葉「おっしゃる通りです。2017年の事業部化のときには、すでに郵便による本人確認がなくなるという話がありましたが、まだそのときにはどうなるのかがわからない状態でした。2018年に独立したときに、いよいよ今年施行されるというのはわかっていたのですが、どのような規制の書きぶりになるかもわからなかったので、4手法ほど定義されている全てを手がけようと考えました。常に国の法改正のスケジュールを注視し、パブリックコメントを読み、金融庁や総務省に足を運び話を聞く、という丁寧な作業をひたすら繰り返していました」

杉田「他の領域も含め、レギュレーションの変化や、レギュレーションでなくとも政府の方向性を捉え、そのようなルールと関係性のなかで自分たちのビジネスをどう進化させていくべきか、というのは重要な視点になりますね」

千葉「TRUSTDOCKには、元省庁にいたメンバーを含むパブリックアフェアーズという専門チームがいます。最初のころはこのような専門チームもなく、自分たちでやっていたのですが、ワーキンググループや会合に参加すると大企業ばかりで、当時スタートアップで参加しているのは私たちくらいでした。

そこで気づいたのが、大企業はルールメイキングから参画して、そのルールの中でゲームをしているのだ、ということでした。これはアドバンテージがあると思いました。ルール、つまり法改正が行われるのを、いつの時点で知っているのかはとても重要です。ルールが出た後にプロダクトで勝負するというのもあるのですが、そもそもルールメイキングに対し、自分たちが影響を与えられる存在にならなければいけないと思います。規模の小さいうちから専門チームを作り、ここにちゃんとコストを投下したスタートアップは私たちがはじめてじゃないかと思います」

杉田「ちなみに、その政府のなかに入っていくというときに、先ほどお話にあった、いろいろな賞を授賞したというのは有効なんでしょうか」

千葉「これが面白い点なんですが、国は結構平等なんです。実は間口は広く開放されていて、私達が大企業か零細企業かにかかわらず、フラットに全部答えていただけるし、自由参加型のものには参加することができます。

大企業からの賞をいただいているというのはモメンタムが上がるひとつの要素でもあるので、もちろんセールスサイドもそうですし、私たちが金融出身でないからこそ、体系的な評価・信頼をどのように作っていくのかというのは意識していました」

組織が拡大するなかで苦労した点

杉田「組織が拡大するなかで、ファイナンス面や人材の獲得などいろいろな課題や悩みが出てくるかと思いますが、どのような苦労があったのか、また、何がそれを乗り越えるポイントだったのか教えてください」

千葉「まさに先ほどお話しした私たちに投資をしていただいたのが100分の6の投資家だった、というあたりではとても苦労しました。そしてその後の資金調達の際は、投資をどこからしていただくのか、資本政策のようなものを意識したときに、私たちはとても公益性の高い領域をやっているという自覚があるので、なるべく色のつかない資金調達という点を意識しました。

例えば、2019年の資金調達ラウンドでは、STRIVEさんをリードに、三行の銀行CVCさん(MUFG、MIZUHO、SMBC)に相乗りしていただきました。

直近では2021年に、GCPさんをリードに資金調達を行いました。STRIVEさんはじめ、既存投資家の皆さんにもフォローオンしていただいていますが、いつもなるべく、色のつかない資金調達を意識しています。

杉田「最初の資金調達以降のフェーズのときには、どのような点を評価されて資金調達することができたとお考えですか」

千葉「2019年には、ある程度トラクションはありましたが、まだマーケットがわかりませんでした。そのような状態のなか、私たちが言った通り法改正が行われているというところが評価されていたと思います。まさにSTRIVEさんもそこにかけていただいたと思っており、ありがとうございます。

また、2020年にペイドマーケティングのトラクションの数字を見に行ったという点は明確に評価された点だと考えています。2020年10月から12月の3か月で、Google広告やFacebook広告を出稿し、実際にペイドチャネルでまわしたときのCPAやCACの数字を持って、2021年に資金調達のラウンドを実施しました。

ちょうどこのときに世の中でeKYCのトピックも起き、私たちのプロダクトがテレビ番組で取り上げられ、メディア露出も増えました。そこで2021年にマーケットがすごく拡大するのではないかという確信が持て、それならばそれに合わせた組織を作らなければならないし、ちゃんと資金調達をして部隊を揃えようと考えたのがこの年の秋でした」

杉田「組織・人という面での苦労はいかがでしたか」

千葉「社員数は、2017年、2018年の時点で5人、2019年で7人、2020年で20人、2021年で約40人、そして今約60人です。ぐっと人数を増やしたのがここ最近なんです。以前はとてもタイトなチームでやっていましたが、2020年にコロナ禍で1回目の緊急事態宣言が発表されたときに、この中のだれか一人でも欠けたら会社が回らなくなると思い、社会インフラになるべく、そこから採用を強化しはじめました」

杉田「採用はどのような手順で行っていたのですか。採用で重視している点についても教えてください」

千葉「弊社の採用チームはとても優秀で、週に1000枚ほど人材データベースのレジュメを見て、その中から100人ほどをピックアップし、カジュアル面談をしていくというのを毎週やり続けていました。私も平日17時以降は全て予定を開け、週で15〜25人ほど面談するのを2年間続けていました。

採用で重視しているのは、『自走できる人、謝罪ができる人、誠実な人』この3つです。

リモートが前提のため、自分で考えて行動ができる人でなければ難しいと思います。また、法改正がこれからどう変わるか分からない領域なので、柔軟で素直な組織でなければいけません。そのためには、素直に謝ることができたり、分からないことを分かったふりをせず、分からないと言える人でなければだめです。

そして、最後の『誠実な人』というのはとても重要です。インフラ領域なので、私たちがおかしなサービスやシステムを作ってしまうと、無自覚に世の中の誰かを社会からつまはじきにしてしまう可能性があります。そうならないようにするためにも、クライアントが誰であれ、公益性の保たれたサービスを設計しなければならないと思っています。そこで、売上や利益だけを追って公益性を疎かにする人ではなく、誠実な人を求めています。

また今は、あえてミッション、ビジョン、バリューは立てつけないようにしています。前職のメンバー5人でスピンアウトしたため、最初にミッション、ビジョン、バリューを作ってしまうと前職の方針に偏ってしまうかもしれないと思いました。法改正という領域で柔軟にやっていかなければならないため、あえて固定化しないようにし、”お財布から身分証をなくす”というスローガンだけ立てていました」

杉田「最後にひとつだけお聞きします。当初、同じ志を持った方々と創業したと思いますが、時間が経ち組織が大きくなるにつれ、方向性の違いのようなものはなかったのですか」

千葉「あります。今もあるので、これはどんどんリフレーミングしていかなきゃいけないと感じています。あとは、やはりリモートの関係では、コミュニケーションが薄くなるというのが課題です。ここを改善し、『過去から今』ではなく『今から未来』の部分にリソースを投下していくのが、今後成長していくための直近の大きな経営課題だと考えています」

ようこそ”オモツライ”世界へ!

最後に千葉さんから参加者の皆さんへメッセージをいただきました。

千葉「私たちは今も道半ばです。ここまでの道のりは、本当につらいことが多かったです。ピッチイベントに出場したり、こうしてここに立っていると、さも華やかに見えるかもしれませんが、10あるうちの9はつらいです。しかし、この世界は、面白いけどつらい、つらいけど面白い、”オモツライ世界”です。つらいけど面白くてやめられないんです。皆さんもこの世界へようこそ!(笑)何がどうなるかは保証できませんが、人生が充実することだけは保証できます。皆さんも、一緒に充実した人生を送りましょう。本日はありがとうございました」

このあと行われた質疑応答でも、起業家を目指す参加者から積極的な発言が多く飛び交い、大きな学びを得る貴重なイベントとなりました。TRUSTDOCKでは、”テクノロジーの力で「財布から身分証をなくす」”というミッション実現のため、一人一人がプロフェッショナルとして活躍する「強いチーム」を目指し、幅広いポジションでメンバーを募集しています。ぜひ、ご参加をお待ちしております。

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